満ちたり 欠けたり
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二十年前の記憶のカケラ
20年前、二十歳だったわたしは当時江東区にある社交ダンスの衣装の会社に勤めていた。
そこでの仕事はいつも忙しくて、徹夜仕事もしょっちゅう。

わたしは特別に終電で帰ることを許されていたけど
他の社員は終わるまで帰れないのが当然となっていて
何日も帰宅していない先輩社員が「ゴミ出しだけさせて」といったん帰宅し
次いつ帰れるかわからないから、とペットのインコを連れて来たこともあった。

何でわたしだけ特別だったかと言うと専門学校卒業後
19歳で就職したわたしが連日帰宅しないことで母が激昂し
社長に直接電話して「未成年を朝まで働かせるとは何事だ!」と言ったからだ。

当時は「余計なことしないでよ!」と思ったけど
今となれば母の行動も納得できる。

そうとはいえ、みんなが朝まで必死に仕事しているのに
終電で帰って普通に出勤するのは申し訳なく
よく始発で出社したりしていた。

今思えば「なんて体力!」と感動すら覚える。
ま、休日はほぼ夕方まで寝ていたけどね。


そんな二十年前の3月20日。
その日もわたしは一人始発で出勤し仕事をしていた。

当時、CADパタンナーだったわたしはアパレルCADを操作しながら
なんだかやたら救急車のサイレンが聞こえるなあ、と思っていた。

なんかあったのかな…とは思ったけど
そう深く考えず仕事に没頭していた。


9時の就業時間に合わせて総務のNさんと、二三人の社員が出社したが
他の社員がなかなか来ない。

遅れて来た社員が「電車が止まってた」と口を揃える。
同期のSさんは「わたしの後の電車で事故があったみたい」と言っていた。

その時も深刻なこととは思いもせずに
電車の事故でみんな遅れているのだと思ってた。


一時間ほどして出社した社員が「何か駅が大変なことになってる!」と飛び込んできた。
いつも冷静な総務のNさんが営業部屋にある小さなテレビを付けた。

営業部屋のテレビはダンサーのお客様にビデオを見せるために置いているもので
普段テレビとして使うことはなかった。

電波の入りは悪くザラザラした画像と
こもったような音声から漏れ聞こえるとんでもないことが起こっている現状。

みんなで息を詰めて、ただ呆然と眺めていた。


なかなか事態を飲み込むことが出来なかった。

Sさんが「もし一本遅い電車だったら…」と呟いていた。


当時の職場は江東区木場。

地下鉄東西線に乗り換えるために大手町まで日比谷線を利用する社員も多く
みんなで日比谷線から乗り換えの子って誰と誰?と確認しあったり
きっとすぐ来るよ、と言いあったりしていた。

ふと、救急車のことを思い出した。

そうだ、ここから築地近いんだっけ。


幸い、巻き込まれた社員はいなかった。

徹夜で仕事していったん帰宅した社員の多くは定刻に出社せず
午後から出てくる人も多かったのが図らずも幸いしたカタチだった。


自分たちに直接関係のあった出来事ではなかったけど
遅刻して来た社員の中には「乗り換えで異臭がした」と言ってたり
「しゃがみ込む人を見た」と言う人もいて
ヒシヒシと迫ってくるような得体の知れない恐怖を感じたのを覚えている。

結局、なんでもなかったのに記事にするべきかと考えたけれど
あの時一人で聞いていた重なる何台もの救急車のサイレンや
みんなで寄り集まって見たザラザラ画像のテレビが
3月20日の記憶としてわたしの中にこびりついている。


これはそんな記憶のカケラ。

もう二十年。
早い解決を願う。。


23:43 日々のコト comments(0)
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